2014 年 3 月のエントリ

引地台中学校クラシックギター部の定期演奏会に行ってきた

JGA コンクールでおなじみの中学校、大和市立の引地台中学校さんのギター部。

コンクールの演奏はもう十年以上前から何度も聴いていたけど、定期演奏会は実は行ったことがなかった。スケジュールの調整がついたので初参加。3 月 29 日、土曜日のお話。

いりぐち

コンクールでは出場している中学校の中でもばつぐんの演奏を披露してくれるこの引地台さん。毎年のように舞台袖で聴いていても、年々めきめきと腕を上げている感があって、ここ数年は聴くたびに引地台さんてこんなにレベル高かったっけなあと思わされる、そんな具合。

今回の定期演奏会は、コンクールで演奏の核になっていた三年生が抜けたあとでの開催。だから当然ながら全体の演奏はコンクールのときほどのレベルではなかったけれど、部全体の “成長過程” がよくみえて、次のコンクールがひじょうに楽しみになるような、そんな演奏会だった。

“松明の火” は去年のコンクールにむけて弾き込んだだけあって、今回のプログラムの中ではいちばん聴き応えがあった。身体が曲を覚えているのかなと、そうなるとあとは勢いで押せるし、そしてこの曲の場合はそういう弾き方がよく合う。

“松明” の前の曲、講師の O 氏が指揮をふる今年のメイン曲らしい BWV 542、通称 “大フーガ” は、まだだいぶたどたどしかったけれど、これが次のコンクールでは “松明” のレベル以上の演奏になることはまず間違いがないわけで。いいですね、先が楽しみ。

この O 氏、4 小節のレッスンに 2 時間かけたとかかけないとか、細部へのこだわりがひじょうにつよい先生。これまでの弾きっぷりや弾けっぷりをみると、引地台さんは、荒く全体を短時間で作ってからあとで細部に取り組む、のではなくて、最初から時間をかけてじっくりゆっくりじわじわと錬成していく、そういう進め方のほうが伸びるタイプなのかなあと、そんな感があった。そうすると O 氏のじわじわこだわり型の教育方針(?)との相性もよさそうで、これはぜひ何百時間でもかけて至高の大フーガにしていただきたいところ。

そして一年生の学年合奏が思いのほかすてきな仕上がり。曲がよいのか編曲がよいのかわからないけれど、『こう弾こう』という意思があると自然と合ってくる。大フーガは複雑な曲だけれど、徐々に慣れていって、こういう “わかりやすいポップス” と同じ姿勢で取り組めるようになると、部全体にとってもつよいエネルギィになりそうだなと。

反面、重奏は全体的にちょっと危なっかしかった……。

手作り感!

とはいえ、中学生の部活となると『たのしいは正義』みたいなところがあって、演奏者が楽しければそれだけで勝ち! 合格! っていう側面も多分にある。

部活というのはおもしろいもので、基本的なモチベーションは『楽しいから』というただそれだけの、といいつつ実は “最強” の欲求が源泉。だからそういう組織がつくった成果に対する評価は、上手か下手かよりも、成績や品質よりも、なんだかんだいって単なる当人たち自身の “満足度” がもっとも重要なのではないかしら、みたいなことを考えている。

現実問題、中学生というのはつい最近まで小学生だった方々であるわけで、体格やら筋力やらの身体の発達が成人と同じ楽器を扱えるところまで行きついていない、ということもありそう。

それでもこれだけの人数が好きであつまって楽しそうに活動しているというのは、ウマいヘタ関係なく、それだけでやっぱり “最強” なんだなあと、そんな感想。

8 月、コンクールの舞台、MUZA 川崎のホールで会えることを楽しみにしています。


黒いワイシャツを、もっと黒く染め直そうと思った

要約すると、

  • ozie さんのお気に入りの黒いワイシャツが色落ちしてきたので
  • 染め直し屋 さんで黒く染め直してもらったら
  • 1 枚あたり 1,380 円とお安くすんで
  • 仕上がりもすごくイケてた

という話。

ぼくの持っているワイシャツは黒いのも白いのもほぼ ozie さんのなのだけれど、黒いのがお気に入りすぎて着まくっていたら、当然のことながらだんだん色が落ちてきた。こうなるともう着られない。

いいかげんもう着られないけど、でもこれお気に入りのやつだし捨てたくないなあ、みたいな葛藤が出てきたので、

  1. 色落ちした!
  2. でも捨てたくない!
  3. じゃあ染め直そう!

という三段論法で、染め直し作戦を進めることに。

調べたら家庭用染料もいろいろあるようで、それで自分で染めるのも考えたけど、めんどうくさそうだし洗濯のときの色落ちとか品質とかも不安だったので、専門業社に頼むことにした。

ぐぐっていろいろ見てみて、何となく信用できそうな雰囲気があるのと他社よりだいぶ安いのとで 染め直し屋 さんに決めた。早速手続き開始。

複数枚まとめたほうが単価が下がるので、大して色落ちしていないやつも一緒に混ぜ込んでしまうことにした。今回は黒いワイシャツを全部で 7 枚。

2 月 21 日くらい、フォーム にどういう素材の何色の何を何枚何色に染めたいのか書いて送る。

2 月 22 日くらい、だいたいいくらくらいになるかの返信がくる。同日、適当な箱にモノを詰めてコンビニエンスストアから発送。

2 月 24 日くらい、届いたよ、最終的にいくらだよ、作業すすめていい? っていう連絡がくる。同日、作業すすめてくださいってお返事。その後しばらくして作業開始しますよっていう連絡がきた。

2 月 28 日くらい、できたので発送したよっていう連絡がきた。

3 月 1 日くらい、到着。

二、三週間って書いてあったのにたったの 4 日で発送された。おどろきの早さ。嬉しい誤算。

仕上がり品質は非常に満足できるものだった。きれいにまっくろになっていて、色落ちでできていた妙なムラもきれいさっぱり。

新品のときから気になっていた黒の色味の違い——赤っぽかったり緑っぽかったり——も、同じ染料で染めたから当たり前なんだけどすこし緩和されて仕上がってきたのでうれしい。プレスのおかげもあってつよい皺もなく、新品にもどった感がある。

洗濯してだいじょうぶかというのが気になって一回洗濯機につっこんでみたのだけれど、ぜんぜん問題なさそうだった。

ワイシャツ 7 枚で、1.5 kg、プレス代込みでしめて 9,660 円。単価 1,380 円。

もともとのワイシャツが 1 枚で 6,000 円くらいなので、これだけの投資でこの品質が得られるなら安いものだと思う。手間もかからず、時間もかからず。送って待つだけ。

色落ちしたけど捨てるのが惜しい、そんな衣装に対する『染め直す』という解決策、なかなかよいものでした。みなさまもぜひ。


いちむじんの結成十周年記念コンサートに行ってきた

ぼくがいちむじんさんを知ったのは、2007 年のこと。

弊団体の演奏会のゲスト として来ていただいて、そこで いっしょにギターを弾いて から、もう 6 年以上が経ったようで。早いものですね。

そのときは舞台袖で、あるいは舞台上で、おふたりの音に触れました。いいなあかっこういいなあきれいだなあと、ぽわぽわと聴いていた記憶があります。

当時はまだピックアップシステムを使うこともなく、立ってギターを弾くこともなく、純然たる “クラシックギターの二重奏” というスタイルでした。

そんなおふたりの、結成十周年記念コンサートに行ってきました。3 月 7 日の金曜日、会場は東京芸術劇場の小ホール。

ホールに入って、ステージ上にスピーカが立っているのとシールドが椅子に掛けられているのと足台が無いのとをみて、おお、”これ系” になったのか、と思いながら着席。前から二列目のど真ん中でした。よい席。

会社を早退して腹ごしらえしてから会場へ

『最近彼らは立って弾く』という事前情報を得ていたのである程度予想はしていたものの、繰り広げられたのは、かつてのクラシッククラシックした感じとはひと味もふた味もちがう世界。

音の出し方とか PA の使い方とか、聴いていてぼくの中でイメージが重なったのは意外にも Rodrigo y Gabriela さんでした。あの方々から荒々しさをぐっと減らして、スピード感はそのままにクラシックギタリスト的な丁寧さと真面目さをうまい具合に混ぜ込んだような、そんな感覚。曲調が激しくても音の作りは丁寧だったし、しっとりなところのうたいかたはクラシックギタリストだけあってばつぐんにさすがな感じ。

根はクラシックだから落ち着いて聴けるけどでも音楽は激しい、みたいな、おもしろいおとしどころのハイブリッドな音楽でかっこうよかったです。

お花がおいてありました

しかしやはりクラシックギターの PA はむずかしそうですね……。とくにピックアップを使うとなるとなおさら。

いちむじんさんオリジナルの激しい曲では PA はよく合っていて、生音では出せない迫力でとてもよかった[1]のだけれど、しっとりした曲とか “クラシックギター” 用の曲とか、これは生音で聴きたかったなあと思うものもちらほらありました。RUI とかとくに……!

ちらし

クラシックギターの二重奏って、生音で緻密に組み立てる響きとか、息を飲むような緊張感とか、そういう音がだいすきなのだけれど、PA ありでがっつりアツいエネルギィをぶつけて弾くのもオイシイんだなあって思った演奏会でした。

立って弾くのに慣れきっていないのかもと思えるシーンもちょくちょくありましたが、”いちむじん” スタイル、これからが楽しみです。生音でコテコテのクラシックな二重奏コンサートをやるというなら、それはそれで涎を垂らして行きますが!

そして運のよいことにこんな展開になりました。

到着お待ちしています!!!


  1. うっすらハウり気味だったのがすこし気になったけど…… []

全国職場バンドフェスティバルで、さいこうにイケてる吹奏楽を聴いてきた

全国職場バンドフェスティバルというイベントに誘われたので行ってきた。3 月 2 日の日曜日、会場はサントリーホールでした。一般人が上に乗れる機会はそうそうない本気で日本有数のホールですが、職場で吹奏楽をやっていれば乗れるなんてずるいと思います!

プログラム

白状すると、吹奏楽って、出身中学やら出身高校の部活のものくらいしか知らなかったのです。それ以外にもたぶん聴いてるはずなんだけど記憶に残っていなくて。で、吹奏楽部の演奏って、演奏中に立ったり座ったりする “吹奏楽っぽいアレ” とかけっこう “やらされてる感” があって、いまいちイケてないなーっていう印象、偏見が抜けなかったのだけれど。

いやはや、なんていうかもうごめんなさいです。吹奏楽ってほんとうはこういうものだったのね。ここまでアツい音楽だとは思っていなかった。うまいところは卑怯なまでにうまい。さいこうでした。繊細な表現も迫力のあるダイナミクスもリズム感も、音づくりも。

全国職場バンドフェスティバルというのは、全国で活動する職場バンド、つまるところ企業の中にある吹奏楽部みたいなの集まって、合同で演奏会をしましょう、というもの。今回で 3 回目? らしく、まだ歴史は浅いもよう。それでもバターサンドの六花亭さんからトヨタさん、NEC さん、ソニーさん、天下のヤマハさんまで 11 団体も集まって、たっぷり 4 時間も演奏があったので、ひじょうにボリューミィでした。顔ぶれをみるかぎり、来年以降もながく続いていくイベントになるんだろうと思います。

何回もきてるけど来るたびに最高のホールだと思う

そんなわけで、ぼくは吹奏楽に関してはドがつくほどの素人だったので、プログラムを見ても有名どころ以外は知らないのばかりだったのだけれど。最初の団体からわりと『あれ、吹奏楽ってこんなイケてるものだったんだっけ』みたいな戸惑い感あふれ出る感じでした。ほんとうはかっこうよいものなんですね、吹奏楽。

107 人でステージに乗った曲もあって、これが圧倒的なダイナミクスと派手な指揮でさいこうのパフォーマンスでした。指揮が派手でも演奏がしょぼしょぼだとひじょうに滑稽で嫌味な舞台になる[1]ものだけれど、演奏ががっつり指揮に合わせて派手にやってくれていたので、相乗効果ですごく濃密でエネルギッシュな空間になっていました。

吹奏楽における指揮者の役割、演奏者や音楽との関係、距離感は、いわゆるオーケストラの指揮のような “崇高な” ものとは、すこしちがうようです。もっと距離が近くて、即時性があって、ほどよいパフォーマンスであること。いいものですね。聴衆側に音楽が寄ってくる心地よい感覚があります。

吹奏楽って、コテコテのクラシックでもなく、ポップポップしているわけでもなく、ほどよくフォーマルでほどよくカジュアルなので、”音楽” の中でもおもしろい位置にいると思います。オーケストラとも軽音楽ともちがう、いいとこどりしたオイシイ位置とでもいうか。

この “ほどよくフォーマルでほどよくカジュアル” な居心地のよさが演奏から感じられると、吹奏楽っていうものがとたんに親しみやすい世界になるのかもしれないですね。中学や高校の吹奏楽は、たぶんこの辺の空気が全然なくて、ただ音を出しているだけだったりがちがちに緊張しているだけだったりで、それでいて立ったり座ったり右むいたり左むいたりスイングしたりの “ノッてる演技” をしようとしちゃうものだからよくなかったのかなと。この違和感のおかげで楽しめなくて苦手だったのかなと、そんなことを考えた。昔の感覚だからあんまり覚えてないけど。

いりぐち

“ダンス” で攻めてきたソニーさんのワルツは、とてもワルツワルツしていてすてきでした。ワルツの三拍子をワルツらしくうたいあげるのって難しいのよね。ズンチャッチャ、とよくいわれるけれど、この『ズンチャッチャ』にこめられた一拍めと二拍めと三拍めの感覚の違いって、おそろしく深いものであるようで。頭でわかるのではなくて、ワルツだけにほんとうに身体でわからないと演奏できないと思う。同じ曲をギター合奏でいままさに練習中なこともあって、はからずもひじょうによいおべんきょうになりました。こううたえばいいのね、ぼくもがんばります。

極めつけは大トリのヤマハさんです。パンフレットには『なかには自身で制作した楽器を演奏する団員もいる』とか書いてあるし、MC にインタビューを受けていた指揮の須川先生も『8 割くらいが楽器の設計か研究か制作をしているひと』みたいなことをお話されていたので、はじまる前からもはや卑怯というかチート感はんぱなかったのだけれど、演奏もやっぱり卑怯なまでにはんぱなかった。

一曲目はもともと分かりにくい曲だったこともあってふわっと終わってしまった印象があって、ヤマハさんでもこんなもんなのかなーって感想をもったのだけれど。

二曲目の Sing Sing Sing の、冒頭のパーカッションが入った瞬間、『あ、これ本気ですごいのくる』と直感で確信して、そこからテンションあがりっぱなし。そして事実、本気ですごかった。

おひるの様子です

Sing Sing Sing という曲自体、じつはあまり好きではなかったのです。というのも、ぼくが高校生のときにギターで弾いたのがひじょうにつまらなかった(ごめんなさい)から。吹奏楽の定番なのは知っていたけれど、だからプログラムをみたときもさいしょはこんな定番曲じゃなくてもっとなんかイイやつやってほしいなーみたいなことを思ったわけですよ。

が、けっきょく、ぼくの中にある Sing Sing Sing 像がスーパーしょぼしょぼだっただけのようでした。だからヤマハさんの聴いて、マジかよこんなイケてる曲だったのかよこれ、ぼくらの高校のときのアレなんだったんだよ、時間かえしてよクソが、みたいなそんなかんじ。もう実はわりとこっそりひそかに涙目になりながら聴いてた。かっこよかった。プリマさんごめんなさい。

うまく言えないけど、”音楽” による “表現” とはこうあるべきだ、みたいなお手本を見せつけられた感覚でした。まじめな部分も、あそぶ部分も、隅から隅まで余すことなく、演奏者ひとりひとりの全身から “表現欲” みたいなものがむわんむわんと押し寄せてきた感じ。ほんとうに、ああいう演奏がぼくもしたいと、切に。

ドラムさん、圧巻でしたね。何をしてももうあのひとなら許されるよな、みたいな圧倒的なパフォーマでした。高ぶりすぎてジャンプしちゃうとかかっこいいです。惚れた。

おしゃれです

音楽をやっているひとの『他団体の演奏会に出かける』という行為には、いくつか種類があります。自分がやっている音楽と同じ分野の演奏会には比較的気軽に足を運ぶ気になるけれど、あんまり関係のない分野の演奏会って、なかなかいく気になれないとか、よくありますよね。

でもやっぱりこう、自分のと同じ分野かなんていう狭い枠で終わらないで、”音楽” っていう枠でとらえてあっちこっち行きまくりたいし行きまくるべきだと思いました。聴いただけ世界は広がるし、広がっただけこれまで自分が観ていた世界の狭さにも気がつくものです。自分の演奏が現状のままでよいならどうでもよいのだけれど、そうでなくてもっといろいろな音が出せるようになりたいのであれば、いろいろな音は聴かなきゃです。自分が井の中のなんとやらであることを自覚するべきだし、それ以前にまずは自分がただの蛙である可能性を少しでも考えないとです。

ここ何年かいろいろと足を運ぶようになってるけど、まだまだいろいろあるなーと、そんなことを思った日曜日でした。よい日でした。来年も行きたいです。


  1. そんな演奏はギター合奏でいくつも観てきたのよね []