2010 年 1 月のエントリ

部活とか編曲とか

はやく帰れたから高校の部活に行こうと思ったのに、『なんじまでっすかー』って電話したときにはとっくに終わっていたという展開でした。残念すぎる。

自分が編曲した曲がね、80人以上の大合奏団にででんと演奏されるってね、なかなか感激なんですよね。今日その音出しだったらしいんですよ。だから行きたかったのに! どんまい!

編曲らしい編曲をしたのがたぶん高校時代が最初で、マリオのアレですね。 
学年演奏もやったけどあれは弦楽スコアを移調させただけだから編曲ってほどじゃないし、あーでもパート紹介は数えていいのかな。49期のドラえもんもやったんだっけ? 結局アレ使われたんだっけ?

という感じで、実に、4年? くらいのブランクを経て、この前のサマーコンサートだか何だかの会場で編曲頼まれたのをきっかけに早くも全体合奏2曲と重奏1曲の計3曲を納めましたが、正直ものすごく勉強になります。どうもありがとうみなさま。ぼくはがんばります。ました。

編曲のクセっていうのはやっぱりあって、それがつまりウマいヘタに直結するもんなんだなあと、編曲という視点で今まで弾いてきた楽譜を見直すとすごく思うのです。ぼくの場合、まだキャリアがぜんぜんないので、一回一回がすごく貴重なトレーニング。

だからこそ、批判される、という機会を大事にしたいと最近すごく思います。先生に見せてもちょいちょいとした手直ししかしてくれないので正直もっと細かくつっこんでえええと思います。言いにくいですけどね。

曲のくおりちーもそうだけど、それ以上に楽譜っていう記号的表現の美しさみたいなのも追求したいところ。フォントを変えたり、文字間隔を微調整したり、余白をミリ単位で合わせたりとか結構やってるんだけど、まず誰にも気が付かれないよね。

ただ、楽譜における表現に関して言えることは、気が付かれないことはいいことであるとも思うのです。つまりそれは違和感を抱かせない、目に優しい、見易い、ということでもあるわけで、だからまあ、見難いって言われないってことは、ある程度どうにかなっているのかなあなどとポジティブにとらえています。

とはいうものの、そもそも絶対的にこみにけーちょんが足りん。ある程度慣れないと、どうしても現役さんにとってはこっちは「先輩」になっちゃうんだよね。でもそこを越えて慣れてからの意見のほうがいわゆる本音に近いから、ぼくはその段階での評価を大事にしたいんですよね。 
先輩って思われるのけっこうぼく嫌いなんですけど、だからまずはカタチからみたいな感じで後輩におめーら敬語使うんじゃねーぞな感じで今まで生きてきましたけど、さすがに5歳以上離れてくると、いくらこっちがよくてもあっちがよくないんだろうなあと気が付き始めてます。距離の測り方が難しいね。こみゅ力高い人すごいと思います。

高校行ってきたーとか話すと「通報した」とか「犯罪者」とか煽られる(もちろんネタだけどね)こんな世の中ですけど、何が言いたいかっていうと、定期演奏会行けなくなりそうでちょっとうわあって感じだよってことでした。舞台裏の空気大好きなんだけどなー。一年間お預けかと思うとなかなかさびしいものがあります。

テスト勉強の合間に書きました。もちろん企業向けのエントリーシートは比較にならないほどちゃんと日本語固めてますよ。だいじょうぶですよ。