IT屋と、テレビの技術屋

ぼくが、IT業界と、テレビ業界の技術部門のどちらにも興味を持っていたころの話。

某テレビ局の人事が、待機部屋でぼくとの雑談の中でふと言ったことがあった。

曰く、テレビは感覚の世界で、ITは理論の世界であると。テレビ業界はたかだか数十秒、数秒の映像に、何十日、何十人もコストを割く、きわめて非効率な世界であると。それに対してIT業界は、いかに時間を短くするか、いかに人を減らすかに注力する、まさに効率化を追求する世界であると。

そして言うには、『どちらも行きたい、という学生がたまにいるけど、でもぼくが考えるにね、この二つの世界って、根本的なところがまったく逆なんだ。だからたぶん、どちらにも適した人間って、ほとんど居ないと思う』と。自分のベクトルがどちらに向いているのか、そこを見極めないと、自分に合わない方向に進んでしまったら悲惨だよねと、にこやかにその人事は語った。

この説明、ぼくはなかなかけっこう気に入っている。もちろんそれぞれの具体的な仕事内容を細かく比べれば、お互いがお互いの性質を内包するところは必ずあるだろうけれど、でもそれは知らないと、体験しないとわからないから、就職活動中のぼくらから見える範囲には、おそらくない。

将来の自分を想像するときはあるけれど、でも結局それは、今考えられる範囲の中での想像でしかない。社会に出ていないぼくらが考えられる『世界』と、実際に社会の中で動いている社会人が考えられる『世界』と、絶対的な差があるのは確実だとおもう。いろいろと学んで経験した五年後に考える『ぼくの将来像』は、今考えられる限界の外にある。今考える『ぼくの将来像』は、『今のぼくが考えるぼくの将来像』であって、『五年後のぼくが考えるぼくの将来像』とはまったく違うものであるはずだとおもうのだ。

だから、どの業界が自分に向いているかを考えるときに、『リアル』な想像は不可能だ。それぞれの『なんとなく』特徴的なところだけを見ることしかできなくて、その『なんとなく』な世界のなかで、どうにかこうにかおぼろげに、『進むべき方向』を探るだけ。でもだからこそ、そうしたときに、例えば先のITとテレビのざっくりとした抽象的な二極構造は、逆にひどくスマートだと、ぼくにはおもえたのだ。


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