多摩高校、校舎にまつわるモノと記憶

ついに取り壊しが始まると、そう聴いた。

新校舎と旧校舎が、同窓会と称して卒業生に開放された 5 月 31 日。多摩高校、もうしばらく行くことはないだろうと思っていたぼくの母校へ、ぼくはもう一度行ってきた。

3 棟と 4 棟、取り壊しはここからはじまるらしい。

うろついてみてももうなにも残っていなくて、転がっているのは歴史の残骸で、漂っているのも歴史の残骸で、染み付いているのも歴史の残骸で、そして残骸にはもう未来がない。

歴史は記憶としてモノそれ自体に宿る。脳にはそれから漏れ出た残滓がこびりついて、それがぼくに思い出させるだけ。モノが消えれば歴史も記憶も消えて、ぼくにとっては残滓がすべてになる。そんな感覚。

それでも、時間はあたらしい歴史をつくってくれる。ぼくが何を思おうと何を感じようと何を考えようと、それとはまったく無関係に、彼らは彼らだけで新しい校舎で歴史をつくりながら生きていく。

好きに生きてほしいとか、楽しんでほしいとか、そう思うことすらもはや傲慢で暴慢で身勝手で、エゴイズムの塊を外野からどう投げつけたとしても、現実、彼らは勝手に生きていく。彼らの人生にぼくの出番はないし、もうあるべきですらない。

五十年の歴史は五十年かけないと見られない。それでも見たいなら、勝手に五十年生きればいい。

五十年後の学校沿革には、きっとたった一行、2014 年に校舎を建て替えたと、そう書かれるだけなのだろうけれど、その一行に詰め込まれた歴史の深さは、いまこのときを生きていないと見られないもので。

ぼくは多摩高校が好きだ。だから五十年後、ぼろぼろになったいまの新校舎を楽しそうな目で語る未来の卒業生に、ぼくは会ってみたいと思う。


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