ジョアン・リラさんのライブとワークショップで、ホンモノのボサノヴァに触れてきた

ボサノヴァのボの字も知らないぼくが、いろいろと縁があって、ブラジル音楽のライブとワークショップに参加できることになった。4 月 11 日、とくに予定のない夜になるはずだった金曜日のお話。

たまたま、ほんとうにたまたま、友人との雑談のなかで話題にぽっと出てきた今回の件。自分がまったく知らない分野の音楽に触れることのおもしろさは 先日の吹奏楽 でも存分に味わっていたので、二つ返事で参加することに。

ほんわかしてる

会場は、ブラジル音楽界隈では有名らしい MADEIRA。普段は展示場を兼ねているようで、オフィスの 1 階とは思えないステキ空間。天井が高くてガラス張りのフロアに、おおきなヤシの木みたいな観葉植物と JBL のスピーカが共生していた。壁にはこじゃれた絵、あちらこちらに飾ってある紙でできたかわいい小物。その横にひっそりと見慣れた波動スピーカ。

カフェとバーとライブハウスを足して 3 で割ったような、こういうところで好きな音楽をつまびきながらのんびりと語り合えたらさいこうだろうなあと思える、とても居心地のよい場所だった。そして実際そういう時間のためにこの場があるようで、なんというか、あるところにはあるんだなあと。

キャパシティは 50 人ほどで、お客さん同士はお互い知っている顔がおおかったもよう。あちらこちらであいさつ合戦が繰り広げられていた。

波動スピーカさん

『MADEIRA 5 周年記念特別企画 / ジョアン・リラ来日記念スペシャルライブ & ワークショップ』と名付けられた今回のイベント。”ワークショップ” という名の通り、前半は実際の演奏で例示しながらブラジル音楽のさまざまリズムを解説していくワークショップ形式。ギターとヴォーカルがジョアン・リラさん。隣に通訳を兼ねたパーカッションの方。

ブラジル音楽ってサンバとショーロとボサノヴァでしょ、みたいな、ぼくはさいこうにひどくて雑な理解しかしていなかったのだけれど、よもやここまで多彩なリズムがあるとはまったく想像もしていなかった。たのしい。

ジョアン・リラさんが『次は○○のリズムで~』と次々に解説を交えつつ披露してくれるのだけれど、通訳の方の発するカタカナの専門用語が、ぼくの知らない単語すぎてまず聴き取れない。ポルトガル語だってこともあって、そもそもカタカナ化することが難しくもあるのだけれど、それにしてもだばだば未知の用語があふれるように出てきて、しかもぼく以外のお客さんはみんなふんふんと頷きながら聴いている。ブラジル音楽の世界ではある意味で基礎的なところなのかもしれないけれど、白状すると全然わからない。

ざっくり振り返るだけでも、パルチード・アウト、サンバ・ヂ・ハイース、サンバ・ジャズ、サンバ・カンソン、ショーロ、ショーロ・ロマンチコ(サンバ・ロマンチコ?)、ショッチ、マラカトゥ、バイヨン、シランダ、コーコ、などなど。メモしきれていないのもたくさんあった。そういうリズム、ジャンルを、お手本つきで解説してくれる。

こういうイベント

このイベントに来る前から、奥が深そうだということは予想してはいた。でもすごく原始的なものだから、だからこそこんなに細かく分類されているなんて思ってもいなかった。まったく逆だった。

これは低音の流れがすごく大事で、とか。これは輪になって踊るときのだから一拍目に必ず強烈なアクセントが、とか。最近のこれはすごく早いけれど昔はゆっくりだったんだ、とか。これはギターにアクセントはなくて、全部同じ音量で、とか。これはセッションしやすいように、ギターは複雑にしないで、和声もシンプルに、とか。その代わりこれはうたの位置が複雑で、シンコペーションでわざとずらすんだ、とか。北東部からはたくさんのリズムが生まれて、それはたくさんの国からの移民が居たからだ、とか。これはレゲエとルーツがいっしょなんだ、とか。これとこれは楽譜に書くとまったくいっしょなんだけど、演奏するとこんなに違うんだ、とか。

解説だけでなく”ダメな演奏” をわざと挟んでくれることもあって、本来の演奏と聴き比べるとたしかに圧倒的にノれることがよくわかる。日本でよく聴くボサノヴァのリズムはここがおかしくて、ほんとうはこうするんだ、こうだとすごくよいでしょ、とか。

おしゃれ空間

繰り広げられたのは、ぼくが普段よく関わっているいわゆるクラシック音楽の緻密極まりない音作りとはまったく違う世界。もっと人間本来の、根源的、あるいは原始的なところに響くリズム。西洋音楽は “計算” されているけれど、ブラジル音楽はそういう狡猾さはまったくなくて、もっとこう、人間の本能というか魂というか、”欲” に素直に従っている気がして、頭をからっぽにしてふわふわと聴いていたくなる心地よさがあった。

よいものですね。よいものです。たのしいし、きもちがよい。音の流れに身を任せられる感覚、久しぶり。

途中、クラリネットも入って三人になるシーンもあった。客席ですぐ横にいたひとがいきなり呼ばれて戸惑いながらも舞台に上がって初見で吹く、というのも、こういうアットホーム感のある会場ならではなんだろうなあと。ぼくらにはない空気なのでとても新鮮。初見なのに合わせどころばっちりだし。こういう音楽って、どこまで楽譜に書いてあるのかしら? どこからがアドリビタム? ジャズにも思うことだけれど、その場で一回限りしか聴けない音って、すごく貴重で崇高なもの。

ワークショップ中に例示された中には、アントニオ・カルロス・ジョビンさんとか、バーデン・パウエルさんとか、知っている名前もちらほらあって、ギターの独奏ではメジャな曲でも、ただしいリズム感を出そうとしたら、この深遠な世界に触れざるを得なくなるんだろうなあとか、そんな怖いもの見たさも。

休憩を挟んだ後半はライブ。女性のヴォーカリストさん兼ギタリストさんが加わって、三人でのセッション。これもよいものだった。ジョアン・リラさんの男声もグルーヴィですてきだったけれど、女声のゆったり感、浮遊感もきもちがよかった。

"KURO" 宛にサインもらった

そんなこんなで、全然知らない世界に触れて刺激をうけまくった夜。似非クラシック畑の人間が異世界に飛びこんだらこうなった。詳しいことは全然わからないけれど、でもちょうすごかったしさいこうにイケてた。

これ、たたでさえおもしろかったけれど、前提知識があったら絶対にもっとおもしろい。なんでもそうだけれど、お勉強って基礎は地味でも、基礎から一歩先に進んだ瞬間に圧倒的に世界が広がっておもしろくなるよね。

ギターアンサンブルを知らない方々がぼくらのコンサートに初めて来た時の気分も、もしかしたらこんな感じなんだろうなあと思えたのもひとつの収穫。今回のぼくははっきりと “一見さん” だったわけで、それでもひたすら純粋に楽しめた。ぼくらのコンサートに “一見さん” が来たときに、『詳しいことはよくわかんないけど、でもなんかちょーすごかった!』って、そんな感想がもらえるような演奏ができたらよいなあって。

終演後、任意参加のセッションもあって[1]、それも楽しそうだった。ブラジル音楽のセッションだと知らない世界すぎて混ざりようがないので辞去したけど、ああいうところに飛び込んで混ざって弾けたらさいこうにたのしそうでうらやましい。

ありがとうございました

自分の音楽スキルはどうしたってほとんどが付け焼刃なので、がっちり依拠できる核が欲しいって、こういうの観ていると思っちゃう。趣味を趣味以上にしたいなら、やっぱりお勉強はだいじ。

そんなこんなで、いろいろな方にごあいさつもできて、またひとつコミュニティは広がったすてきな夜だった。機会があれば、またどこかで。


  1. イベントの Web には “楽器持参でどうぞ!” などと書いてあった []

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